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ホームページのデザイン

えーっと。7時頃起きた。爆睡出来た。右足と腰が痛過ぎて、なかなか寝付けなかったけれども、眠剤と痛み止めのやや過剰摂取で無理矢理落としてやった!!(←アカンがな……) ただ、久々に熟睡出来た。 一応報告だけどホームページ制作の会社さんに今ホームページ作ってもらってるよ! 初期費用も0円だからいいと思った! 今回はちゃんとSEOもやろうかな〜 話戻すけど、やっぱり思った通り、寝たら、一気にキた。昨日、病院行く前に眠らなくて良かった。その辺の判断はきっちり出来ておる。エラい、俺! エラいついでに、体もエラい事になっとる!!(←「エラい」違い^^;) 体が動かん。バリクソ痛い。トイレとお風呂が限界。外出なんて、どだい無理っ!!!! アカン…… これはアカン…… ホンマにアカン…… 強がり言えん。おどける気にもならん(←多少はおどけるが^^;) 【今のワシは、意志と痛覚を有したオブジェ】である。 ……アカンがな…… ……痛いがな…… 今日は、久々に訪問看護のおばちゃんに買い物を頼もう。まあ、今日の食事と煙草は、先ほど、目の前のコンビニに行って購入してきたので何とかなるが、ただ、チョコまんが無かった…… 売り切れておった…… 道路挟んで真向かいにあるコンビニに行くのに、往復30分って…… で、現在、這ってしか動けん!! で、明日以降の食料が無い。インスタント食品はあるが、お湯を注ぐときに足の踏ん張りがきかずに、熱湯を浴びるという悲惨な状況も充分考えられる状況である。なので、無理。まあ、最悪、缶詰でしのぐが。 もう、先日の「ポトフ作ろっと♪」という思いなど、木っ端ミジンコである。米すら炊けん。 あー、煙草も無くなるなぁ。さっき、もっと買っておいたら良かった…… もう、訪問看護のおばちゃんにすがろう。今日はすがろう。 ただ、そうなると、隠れてチョコレートをワンサカと買う事が出来なーーーーーーーいっ!!(–;) 急性チョコレート欠乏症候群で死んでしまうぅぅぅ~~~……(TT) でも、3月1日に約束している、マイミクのイチローさんとの映画鑑賞までには意地でも外に出られるだけの回復はしてみせるっ!! で、その日は、『とんかつ定食』を御馳走になる!! で、右足の骨と、膝関節と、太腿の筋肉と、ついでに足首と腰と頚椎と胃と十二指腸と食道と、心とドタマをイワしている、【もう、なんやよぉわからんほど惨め】な僕であるが、膝つながりで書くことがある。 マイミクのE★マスさんのつぶやきで知ったのだが、プロレスリング・ノア所属のプロレスラー・小橋建太(副社長職は既に退任)が、2月19日の震災チャリティー興行において、久々にムーンサルト・プレスを繰り出したのだが、その際、両膝を強打。翌日、歩行困難となり、病院へ。結果、靭帯損傷と、筋肉断裂・損傷と脛骨亀裂骨折。 19日の試合後に、武藤さんが「俺が三冠ベルト取り返したら、タイトルマッチやってくれる?」と小橋さんに言い、小橋さんが「じゃあ、僕がタッグのベルト取ったら、それもやって下さい」と言っていたけれど、あれは一瞬の夢だったのであるなあ。 もう、ノア、ほんまにヤバイ。 団体経営ガタガタで内輪揉めが表面化している上、契約不継続者多数。事故も多発。そして、ベテラン選手&スター選手の負傷欠場者が多過ぎる。力皇猛が引退し、バイソン・スミスが急死し、齋藤彰俊さん、佐野巧真さん、井上雅央さん、志賀賢太郎さんがフリーに切られ、KENTAと小川良成さんが長期欠場。田上明さんはほとんどセミ・リタイア状態。モハメド ヨネは試合出場を継続しているが、鼻骨骨折でフェイス・ガード付けて試合に臨んでる。 現在、動けている選手で中心となるのは、秋山、森嶋、潮崎、杉浦、丸藤、鈴木、金丸、マルビンといったところだが、この中で集客力の伴ったカリスマ性を身に付けているのは秋山さんとマルだけ。次いで、杉浦・鈴木。もりしぃと潮崎は頑張っているけれども、まだ発展途上という気がする。金丸は、上手いけど、玄人受けするタイプだからなぁ。バイプレイヤーだもん。マルビンも中心にはなれない。 佐々木さんや中嶋君、高山さんらが協力しているが、それだけではもうどないもならんところまで来とる。川田さんも無理。天龍さんも無理やろ、もう。となったら他団体&フリーの大物に助力を乞うという手に走りがち。特に新日本と全日本かな? ドラゲー・ルートとDDTルートもあるにはあるだろう。大阪プロレスとみちのくプロレスは、全国巡業には向かん。関西・東北でのスポット招聘はアリだと思うが。大物外国人レスラーなんて、今や、WWEの契約ガッチガチ世界にしかおらん。その他の大物は皆、セミ・リタイア状態の上、ギャランティがバカ高い。 ただなあ…… 新日本、全日本クラス&大物フリー選手に救いを求めるのは、これは本来、大会場での特別な興行において単発的に行う手であって、こんな手が常態化すると、団体は潰れる。間違いなく潰れる。 …… …… ノア、ヤバイーーーーーーーーっ!!(TT) 方舟が沈む~~~~~~っ!!(TT) 三沢さんの遺産が無くなる~~~~~~っ!!(TT) ホンマ、洒落にならん状態。 先月の大阪府立体育館大会で、久々に小橋さんのファイトを生観戦したのだけれど、アカン。調子悪過ぎ。下半身、ブレとるもん。というよりも、もう全部アカン。外傷もあるだろうけれども、中も多分、アカン。調子、悪い。元々、色白な小橋さんだけれども、もう病的。青白さが加味されていて、遠目に観ていても「アカン……」と思ったもん。 だから、マトモな試合、出来ん。案の定、チョップ合戦しか出来てはらへんかった。小橋さんの場合は、あれが、最早、一種の芸と化しているのだけれども、あの異常なチョップ合戦は、佐々木健介さんとの伝説のシングル・マッチ時に幕を開けたのだが、その頃から「あんなもん、我慢大会や。プロレスと違う!」と、僕は否定的であった。 それでも、一緒に観戦した方が、「もう小橋はリングの上に立ってくれてたらそれでイイです。ジャイアント馬場状態になってもイイです。ずっと見ていたい」と仰り、僕も「そうですよね」と賛同した。 でも、アカン。 無茶し過ぎ。2月19日の興行時、パートナーだったのは武藤敬司さん。「俺、膝、ボロボロで全然ダメだね」と10年以上言っている武藤さんが壊れずに、普段、絶対に弱音をファンの前で吐かない&黙って無茶しまくる小橋さんの膝が先にぶっ壊れた。 でもまあ、腎臓癌で長期欠場して、奇跡のカムバック。あれには感動した。ただ、その前後も膝、何回もイワして、長期欠場したはる。 小橋さんのウェイト・トレーニング好き&練習好きは、限度を超えており、最早【練習フェチ】の段階すら飛び越えて、プロレスラー間でも「アレ、おかしい。ついていけん……」と呆れるほどである。なにせ、入院中に病室にダンベル持ち込みはる人やねもん…… そのため、故・三沢光晴さんは、ノア所属の全選手に「病室にダンベルを持ち込ませるな! 取り上げろ!!」という社長命令を下したほどである。 ただでさえ、常人以上の体重を支えている膝。しかも、小橋さんの場合、筋力が半端ない(もはや人類の限界を超えておる)から、怪我すると、そりゃもう、どないしようもないわ。僕も常人以上の体重抱えて、今、膝壊してるから、よく判るのだけれども。ただ、僕の場合は筋肉ないからなあ。ただの【ドデブ】やからなあ。筋肉つけ過ぎると、怪我した時に急速にしぼむ。運動したらアカンから、急速にしぼむ。だから、無理して運動する小橋さんの気持ちも解るのだけれども…… アカン!! 休みなはれ!! 故・ジャイアント馬場さんは言った。 【小橋はですね、もう、練習、練習、また練習という感じで…… 趣味は練習、仕事はプロレスラー】 川田さんはこう言ってた。 【アイツを殺すには刃物は必要ない。ダンベルを取り上げればいい】 でも、馬場さんはこうも言ってはった。 【小橋よ。休むのも練習のうちだ! だから、休め!!】 【休むのも練習のうち】は至言である。しかも、あの人一倍【お金にはシビア極まりない】という、ある意味キラーな馬場さんが「休め!」というのは余程のことですよ。あの御方は、なんだかんだ言っても肝心なところでは見極めてはった。三沢さんに「大丈夫か? 休むか?」と言った時、絶対に三沢さんは「大丈夫です」と言っていたけれども、「こら、アカンわ」ってなった時に一度だけ、「大丈夫じゃない。休め!」と社長として強制的に休ませはったもん(ただ、全日本は欠場時の選手生活の保障を一切しなかったという黒い面があるのだけれども……) 三沢さんも言ってはった。 【ぶっちゃけ、無理しないで欲しいよね。何年かかっても、俺たちはね、待ってるからね。無理して復帰するより、万全の状態で復帰した方が良いからね。ぶっちゃけ、小橋が居ないと興行面でもキツいけどね、そこは俺たちが何とかするから、心配しないで欲しい。無理しないで欲しいよね。とにかく、「休め」と】 馬場さんと三沢さんが正しいっ!!!!! 小橋さん、ホンマ、休んで。っていうか、【ちゃんと】休めっ!!(←もう、命令口調にもなるっちゅーねん! そうでないと小橋さん、絶対に無理するもん) 団体経営厳しいから、小橋さんがアナ開けたのは確かにイタいはず。しかも、GHCヘビー級タッグ王座挑戦決定後なだけに、余計にイタいはず。これからの興行にも響くはず。 だから、団体側(特に経営陣)も小橋さんの早期復帰を望んでいるはず。小橋ファン、及びノアファンの中にも、早期復帰を望む人は居るはず。 けれどものぉ…… 今の状態で、早期復帰なんて考えたらアカーーーーーーンっ!! もう、今回の怪我はヤバイ! 正味の話、引退も視野に入れて考えなアカンところまでいっとる!! それどころか、下手したら、引退後、マトモな生活が出来なくなる!! でも、ファンとしては、まだ引退して欲しくない。 それに、小橋さんが今引退すると、団体、マジでヤバイ。 田上社長がどう思っているのかは知らんけれども。あの御方は【練習嫌いで有名】やさかいに…… それでもまあ、小橋さんとの信頼関係はあるだろうから、マトモに物事考えはるやろ。 秋山さんとマルと齋藤さんは200%「休んでください!! ってゆーか【ちゃんと】休めぇっ!!」ってゆーてくれはる。これは間違い無い。 ただ…… 仲〇さんが…… 闇の龍が……(–;) アカンぞ! 何言われても、耐えて、【ちゃんと休む】んやぞー! そそのかされようが、けしかけられようが、無視したらエエ。 というか、一番怖いのは「じゃあ、辞めて」とかいう圧力かけそうやからなあ、アイツ…… とにかく、何もせずにひたすら休むのが一番の近道! 【ちゃんと休む】ことが一番の近道!! 今の小橋さんに「早く復帰して下さい!」「早期復帰出来るといいですね」とか書くヤツ&言うヤツは、頭煮えとる。 そんなヤツらの口車に乗ったらあきませんでーーーーー!! という事で、僕は小橋さんに手紙を書きます。いや、これ、本気で。 ただ、住所、知らん。なので、ノア事務所御中小橋建太様宛で送るしかない。 ちゃんと届けてくれるのだろうか? もう、そこが今のノアは信用ならん。 小橋さん、ホームページもブログも持ってはらへんから、手紙しか方法が無いの…… なんで男に手紙書かなあかんねん…… そもそも、ワシ、ホンマは人の心配してる場合とちゃうっちゅーねん…… あー、もう…… ブツブツブツブツ…… ちゅーか、ホンマ、ちゃんと休んで下さい!! ってゆーか、ちゃんと休めっ!!(←しつこいけれども、命令口調でないとあの人は止められへん……) 僕もちゃんと休むからっ!! ※尚、僕はノアが一番好きな団体なのだけれども、いわゆる【ノアオタ】では断じてありません。あいつらは選手の生活とか命とかいうものを度外視して物を言うから好かん。

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ネットで「私は貝になりたい」を観ました。

 ・父の死 私の父は九十四歳四ヶ月で死んだ。 死ぬ前日に床屋へ行った。 その夜半寝床で腹の中のものをすっかり出した。 明け方付添いの人に呼ばれて行ってみると、入歯をはずした口を開け能面の翁そっくりの顔になってもう死んでいた。顔は冷たかったが手足はまだ暖かかった。 鼻からも口からも尻の穴からも何も出ず、拭く必要のないくらいきれいな体だった。 自宅で死ぬのは変死扱いになるというので救急車を呼んだ。運ぶ途中も病院に着いてからも酸素吸入と心臓マッサージをやっていた。馬鹿々々しくなってこちらからそう言ってやめて貰った。 遺体を病院から家へ連れ帰った。 私の息子と私の同棲している女の息子がいっしょに部屋を片付けてくれていた。 監察病院から三人来た。死体検案書の死亡時刻は実際より数時間後の時刻になった。 人が集まってきた。 次々に弔電が来た。 続々花篭が来た。 別居している私の妻が来た。私は二階で女と喧嘩した。 だんだん忙しくなって何がなんだか分からなくなってきた。 夜になって子どもみたいにおうおう泣きながら男が玄関から飛びこんで来た。 「先生死んじゃったァ、先生死んじゃったよォ」と男は叫んだ。 諏訪から来たその男は「まだ電車あるかな、もうないかな、ぼくもう帰る」と泣きながら帰っていった。 天皇皇后から祭粢料というのが来た。袋に金参万円というゴム印が押してあった。 天皇からは勲一等瑞宝章とうものが来た。勲章が三個入っていて略称は小さな干からびたレモンの輪切りみたいだった。父はよくレモンの輪切りでかさかさになった脚をこすっていた。 総理大臣からは従三位というのが来た。これには何もついてなかったが、勲章と勲記位記を飾る額縁を売るダイレクトメールがたくさん来た。 父は美男子だったから勲章がよく似合っただろうと思った。 葬儀屋さんがあらゆる葬式のうちで最高なのは食葬ですと言った。 父はやせていたからスープにするしかないと思った。    * 眠りのうちに死は その静かなすばやい手で 生のあらゆる細部を払いのけたが 祭壇に供えられた花々が萎れるまでの わずかな時を語り明かす私たちに 馬鹿話の種はつきない 死は未知のもので 未知のものには細部がない というところが詩に似ている 死も詩も生を要約しがちだが 生き残った者どもは要約よりも ますます謎めく細部を喜ぶ    * 喪主挨拶           一九八九年十月十六日北鎌倉東慶寺  祭壇に飾ってあります父・徹三と母・多喜子の写真は、五年前母が亡くなって以来ずっと父が身近においていたものです。写真だけでなくお骨も父は手元から離しませんでした。それが父の母への愛情のなせる業だったのか、それとも単に不精だったにすぎないのか、息子である私にもはっきりしませんけれども、本日は異例ではありますが、和尚さんのお許しをえて、父母ふたりのお骨をおかせていただきました。母の葬式は父の考えで、ごく内々にすませましたので、生前の母をご存知だった方々には、本日父とともに母ともお別れをしていただけたと思っております。  息子の目から見ると、父は一生自分本位を貫いた人間で、それ故の孤独もあったかもしれませんが、幸運にかつ幸福に天寿を全うしたと言っていいかと存じます。本日はお忙しい中、父をお見送り下さいまして、ありがとうございました。    *  杉並の立て直す前の昔の家の風呂場で金属の錆びた灰皿を洗っていると、黒い着物に羽織を着た六十代ころの父が入ってきて、洗濯篭を煉瓦で作った、前と同じ形で大変具合がいいと言った。手を洗って風呂場のずうっと向こうの隅の手ぬぐいかけにかかっている手ぬぐいで手を拭いているので、あの手ぬぐいかけはもっと洗面台の近くに移さねばと思う。父に何か異常はないかときくと大丈夫だと言う。そのときの気持はついヒト月前の父への気持と同じだった。場面が急にロングになって元の伯母の家を庭から見たところになった瞬間、父はもう死んでいるのだと気づいて夢の中で胸がいっぱいになって泣いた。目がさめてもほんとうに泣いたのかどうかは分からなかった。  ・世間知ラズ 自分のつまさきがいやに遠くに見える 五本の指が五人の見ず知らずの他人のように よそよそしく寄り添っている ベッドの横には電話があってそれは世間とつながっているが 話したい相手はいない 我が人生は物心ついてからなんだかいつも用事ばかり 世間話のしかたを父親も母親も教えてくれなかった 行分けだけを頼りに書きつづけて四十年 おまえはいったい誰なんだと問われたら詩人と答えるのがいちばん安心 というのも妙なものだ 女を捨てたとき私は詩人だったのか 好きな焼き芋を食ってる私は詩人なのか 頭が薄くなった私も詩人だろうか そんな中年男は詩人でなくともゴマンといる 私はただかっこいい言葉の蝶々を追っかけただけの 世間知らずの子ども その三つ児の魂は 人を傷つけたことにも気づかぬほど無邪気なまま 百へとむかう 詩は 滑稽だ  ・夜のラジオ 半田鏝を手にぼくは一九四九年製のフィルコのラジオをいじっている 真空管は暖まっているくせにそいつは頑固に黙りこくっているが ぼくはまだみずみずしいその体臭にうっとりする どうして耳は自分の能力以上に聞こうとするのだろう でも今は何もかも聞こえ過ぎるような気がするから ぼくには壊れたラジオの沈黙が懐かしい声のようだ ラジオをいじることと詩を書くことのどっちが大事なのか分からない まだ詩と縁のなかった少年のころに戻って もういちど埃っぽい砂利道を歩いてみたいと思うが ぼくは忘れている まるで時間などないかのように女も友だちも ただもっと何かを聞きたいもっと何かが聞こえるはずだと ぼくは息をつめ耳をすませてきただけだ 入道雲が湧き上がる夏ごとの空に 家族が集うしどけない居間のざわめきに 生きることを物語に要約してしまうことに逆らって  ・トタン屋根に降る雨 子どもだった頃から同じ音だ 落葉松の枝に散らされた雨のしずくが 不規則に屋根を打つ音はむしろ乾いていて 音楽とは似ても似つかないのが快い 凍りついた霜のような模様のガラス窓と こてあとが残してある白い壁と ゆがんでたてつけの悪い扉がこの家の特徴だ 毎年夥しい虫が家の中で死んでいる もう子どもの泣き声や笑い声は聞こえない 人は年をとってだんだん静かになる 表面はどんなに賑やかでも 身近な死者が増えてきた 彼らにしてやれたことよりも してやれなかったことのほうがずっと多い  ・倉渕への道 倉渕への道は曲がりくねっている